和歌山県海南市の浄土真宗本願寺派 冷水御坊 飯盛山 了賢寺は530年以上の歴史を誇る浄土真宗本願寺派の寺院です。

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浄土真宗本願寺派 冷水御坊

【所在地】
〒642-0035
和歌山県海南市冷水483
【連絡先】
TEL&FAX:073-482-4874
【住職】
9代目 松本 教智
(まつもと きょうち)
【開創】
1476(文明8)年 3月

 

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了賢寺の歴史

530年以上の歴史を誇る『了賢寺の歴史』

 

1476(文明8)年 3月

1476(文明8)年 3月

 

文明8年(1476年)3月に紀伊国阿間郡清水浦の住人、喜六太夫が熊野古道の藤白峠の『御所の芝』(別名『後世の芝』)にて、熊野参詣の途中の本願寺第8代宗主(しゅうしゅ)蓮如上人に出会い、上人より直々に「他力念仏往生の教え」を教導いただく。
上人熊野よりの帰路の途中、喜六太夫の案内により清水浦に立ち寄られ、太夫の自宅にて更に教えを受け、太夫は浄土真宗のみ教えに帰依し、上人の直弟子となって、「了賢」という法名をいただいた。
後、自宅に上人直筆の「六字名号(ろくじみょうごう)」を安置して「清水道場」とした。
これが了賢寺の開創であり、紀州における「浄土真宗」の起源であります。
その後、道場を清水浦の西端の「飯盛山(いいもりやま)」後の別名、「御坊山」に移し、お念仏の教えをひろめた。

 

1476(文明8)年10月

了賢は、河内国出口村<現、大阪府枚方市出口>に居られた蓮如上人のもとを訪ねて、「二尊連座像」(宗祖親鸞聖人と中興蓮如上人の絵像が一幅の掛け軸に描かれたご影像で、「二尊像」とも言う)<現在 本願寺鷺森別院所蔵>を「九字(くじ)、十字(じゅうじ)名号」と共に賜った。「十字名号」のみ当寺所蔵<文化財(法宝物)に紹介に写真あり。>

 

1486(文明18)年3月

8日、蓮如上人は出口村を船で出発されて、11日に清水浦にご下向、ご教化の後、病に臥せっている清水浦の同行 作四郎に対して、『信心獲得の御文章-しんじんぎゃくとくのごぶんしょう-(御文-おふみ-)』<直筆文当寺所蔵>を書き与えられた。
翌12日朝、船でお帰りになる。その時の様子を、「わきいずる 清水の浦を今朝は早や別れて帰る 後の恋しさ」と蓮如上人が、詠まれたと伝えられています。

 

1492(延徳4・実際は明応元)年10月

23日、蓮如上人より「方便法身尊形(阿弥陀如来の絵像)」<文化財(法宝物)紹介に写真あり。>を下付される。
同日、開基 了賢が往生する。

 

1507(永正4)年

本願寺第9代宗主実如上人、紀州の浄土真宗の発展と共に、参詣人の交通の便を考慮して、 道場を清水浦の対岸の「黒江・橋尾山」に移し「黒江坊舎」となり、後、第10代宗主証如上人は、 「同・天王山」に移し、「黒江御坊」、現 浄國寺になる。

 

1550(天文19)年

更に証如上人は、戦国動乱の世相に応じて黒江より、三度目の和歌浦の「弥勒寺山(みろくじさん)」<現在の和歌山市和歌浦の「秋葉山」>に移し、「弥勒寺山(みろくじさん)御坊」となる。

 

1563(永禄6)年

第11代宗主顕如上人は、弥勒寺山より、四度目の和歌山宇治郷鷺森(さぎものり)に移し、「鷺森御坊」とし、現・本願寺鷺森別院となる。
《鷺森御坊は、顕如上人の時、1580(天正8)年4月から1583(天正11)年7月まで、本山・本願寺が置かれていた所でもある。》

 

1677(延寳5)年4月

7日に本願寺第14代宗主寂如上人より、『二尊連座御影像』<当寺所蔵>が、清水惣道場(しみずそうどうじょう)圓乗寺に再下付される。<文化財(法宝物)紹介に写真あり。

 

1717(享保2)年


清水浦の清水総道場、圓乗寺を、了賢寺に改称する。

 

1732(享保17)年1月


本願寺第15代宗主住如上人、了賢寺を本願寺の兼帯所とする。

 

1778(安永7)年

第17代宗主法如上人の時、了賢寺を「清水御坊、後 冷水御坊」とする。
寺基を飯盛山より、清水浦の「中の浦」の現在地に移し、現本堂(南北10間・東西11間)を建立する。

 

1787(天明7)年3月

29日、当寺初代留主居(るすい) 義観往生する。

 

1787(天明7)年6月

16日、第2代留主居を恵明継職。

 

1802(享和2)年10月

1日、第3代留主居を智海継職。

 

1814(文化11)年12月

17日、第2代留主居 恵明往生する。

 

1832(天保3)年1月

29日、第4代を留主居を了英継職。

 

1834(天保5)年12月

6日、第3代留主居 智海往生する。

 

1858(安政5)年8月

29日、第4代留主居 了英往生する。

 

1858(安政5)年12月

1日、第5代留主居を了圓継職。

 

1902(明治35)年10月

27日、第5代留主居 了圓往生する。

 

1928(昭和3)年7月

2日、第6住職 了然往生する。第7代住職を泰憲継職。

 

1936(昭和11)年6月

12日、第7代住職 泰憲往生する。

 

1955(昭和30)年12月

5日、第8代住職を良雄継職。

 

2003(平成15)年9月

30日、第8代住職 良雄往生する。

 

2003(平成15)年11月

7日、第9代住職を教智継職(現住職)。

 

2006(平成18)年4月

15日、開創530年記念・二尊会法要を厳修し、記念事業として、前年の2005(平成17)年に本堂内陣を一部修復する。